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7日間〜サリーに挑戦〜

昨日の夜アーグラーからジャイプルに着いた。

ジャイプルではサリーが買えるよ、ということだったので、
妹と挑戦してみることに。


こっちではみんなさまざまな色や柄のサリーを身に纏っていて、
本当にお洒落だと思う。


そんな中、二人で買いました!
ムケーシュが言ってきたショッピングの時間を無視し、真剣にサリーを吟味するガールズ。

青が私で、ピンクが妹。
色違いのお揃いだよ~


やっぱりテンションあがります。

 




ね、現地人でしょ。




象はタイでも昔乗りましたが、やっぱりサリー着て象に乗るとまた違う。
大声で叫んで「インド満喫してるぜー」とみんなに伝えたくなる。

そんなウチラのテンションとは打って変わって、象はかなり疲れていたみたい。

とにかく遅い遅い。

後ろから来た像にどんどん抜かされちゃってる。

「ホイ!」

と象使いにロープを引っ張られ、よろよろ歩く象。

 


象使いは「ダイジョウブ!ダイジョウブ!」

と笑顔だ。


いやお前は大丈夫だろ、どう考えても。





純粋に楽しめなかった象乗り体験も終わり、

アンベール城観光。


マハーラージャがたてたというこの城、城壁が繊細。



うん、歩いてみるよね。



振り向いてみるよね。




ねぇ、なりきれてる?
インド人になりきれてる?



今日一日はこんなテンションにお付き合いください。
 
 

6日目〜バクシーシ〜

2日目にもなると、ストリートチルドレンはもう私たちツーリストの中でも
悲しいことに、日常化されてしまった。


バクシーシ。


とりあえず、お金をせがむ人たち。


「このタージマハルの置物、100ルピー!」

観光スポットには、何か物をすごく高値で売り付けてくる子供も少なくはなかった。



日本でいえば小学校低学年、中学年くらいの子供たちが、必死に物を売り付ける。


自らを猛烈にアピールする子、
シャイな子、
さまざまだが、共通するのは笑顔だった。


どんなにいらない、いらない、と言っても、
同じ笑顔でしつこく付きまとってくる姿はなんだか奇妙だった。




そんな中、一人の女の子に会った。

私はみんながトイレに行っている中、一人早めにバスに乗り込んでいた。

するとバスの外からボールペンを私に見せてくる。


「300ルピー。買って」

一度買うとしつこいし、無視していると
私がどれだけ無視していても、彼女の口から出る言葉は同じ。

「ルック!
ベリービューティフル!
フォーギフト!
オーケー?
じゃあ200ルピー!」

先に言うけど、私はチラッとも見ていない。


それが10分続いた時、未だに話しかけている彼女を見た。

「いくら?」


「100ルピー!オーケー?」


なんだか、すっごい根性だな、と思った。

女の子は満面の笑みでサンキューと言い残し、次のツーリストのところへいってしまった。

それはどこか勝ち誇ったような、笑顔をしていた。



生きるか、死ぬか。

その金額は日本円でわずか200円。





けっきょくそのキラキラしたペンは見かけ倒しで書けなかった。

その女の子の勝ち誇った笑顔がまた、頭をよぎった。



でも、私はもうそんなことはどっちでもよかった。

5日目〜愛のタージマハル〜

昨日5時間の移動を経て、デリーからアーグラーへ。


アーグラーは愛の街。
私が最も楽しみにしていた街。


タージマハル。

もしも友達が私に「インドに行きたいんだけどどこがおすすめ?」と聞くならば
私は迷わずタージマハル。と即答します。



いや、これ実はすっごいロマンチックなストーリーがあって、
ただの建物じゃないんですよ。


 



昔々、ムガル帝国の第5代目の王様ジャー・ジャハーンの愛する奥さんムムターズが亡くなった時の話。


悲しみに暮れたジャハーンは、22年の歳月を費やして、
この白い大理石の世界一豪華な墓、タージマハルを作ったんです。


そうです、これはお墓なんです。


そして当初のジャハーンの計画では、同じくらいの大きさとデザインですぐ隣に黒大理石で「黒いタージマハル」を自分の墓として建てる予定だったのですが、
7年後に自身が亡くなってしまい、叶わぬ夢となったのです。


最終的に、ムムターズに寄り添うようにここにジャハーンの棺も安置されたわけです。


ね、素敵でしょ。


こんな自分の為に世界一のお墓建てちゃうダーリン、欲しいでしょ。



実際に見ると、本当にそのスケールに圧倒する。

何回タージマハルをバックに一緒に写真をとっても、
なぜか合成写真にしか見えない。


ここでムケーシュが時間を1時間もくれたので、

少し遊んでみる。



まずつまんでみた。

インド旅行記2010-taji play



調子に乗って妹を使い、キスさせてみた。

 





ここはもちろん観光客も半端なくいるし、
その分スリとか詐欺とか、そんな変な人もいっぱいいる。



満月の夜は入場料は倍らしいけど、特別にオープン。

月の明かりに照らされて、現世にはないような美しさらしい。

 




本当に、出来ることなら満月の夜にまた来たい。

4日目〜ストリートチルドレン〜

外に出ると、「バクシーシ」


子供が寄ってきた。

バクシーシとは、お金をくれっていう意味。


お金をむやみにあげちゃいけない、と聞いていた私は
躊躇するがスルーする。


なんか胸が痛いなぁ・・・



でも、そんな気持ちもつかの間。

あらゆる、人々が私たちやツーリストめがけて、お金をせがむ。

小さい子供を抱えたお母さんや、

今にも倒れそうな老人。





びっくりしたのはトイレにいったとき。

トイレにから出て手を洗うと、紙を持って女の人が待っていた。


紙を私に渡し、拭け、と。

快く受け取ると、「10ルピー。」


は?

というと、
紙もらっただろ、10ルピーよこせよ。

そういうことらしい。


確かに使ったので仕方なく渡す。


するとそばにいた清掃のおじちゃんも手を出す。

お前もか!


結局私はトイレに行くだけで、20ルピーも使ってしまった。



やれやれ、と思いながらツアーのバスに戻った。



すると、どこからか蛇を首に巻きつけてる少年がやってきた。

ものすごい太い蛇を巻きつけ、ニコニコ笑う少年。


「すごいね!」

私がいうと、バクシーシ。と、言う。


つまり、彼が言いたいのは

「蛇、見ただろ。」


っていう。



いや、見たけどさ。

見せてきたのはそっちじゃん。



絶対払うもんかと思っていると、写真一緒にとろうぜーと誘ってくる蛇使いの子。

写真作戦と出たか。


ツーリストの心をくすぐるおぬし、なかなかやるのう。



うーんと迷っていると、
タイミングよくバスが発車。


ふぅーー

危ない。ついつい笑顔で写真とってるとこだったぜ。





彼は、まだ10歳にもなってなさそうな小さい子供だった。

誰が教えて、こんなことやっているんだろう。


写真くらい撮って快く10ルピーくらいあげればよかった、という

急に後悔の念に駆られてくる。




たくさんのストリートチルドレン達。

彼らはどうやって生活しているんだろう。




なんだか一日目からすごい勢いでカルチャーショックを受けている気がする。。。

インドって話は聞いていたけど、相当すごいとこだ。




朝早起きだったし、
なんだかんだで疲れてしまい、

私は気付いたら深い深い眠りについていた。
 

3日目〜インド人とガンジーと私〜

眠い目をこすろうとすると、

バッチリ化粧をしている自分に気づく。

そーいえば、昔の彼氏に、すっぴん見せたらモンゴル人って言われたことあったなぁ。
彼はモンゴルにでもいったことがあったのだろうか。



いやー、どんなに寝るのが遅くったってぇ~

化粧は女の命ですからね。




そしていざ今日はデリー観光へ!


まず一歩外に出た時から、衝撃だった。


 




なんか・・・・
すごいんですけど。



デリーって都会だよね?

道って全く舗装されてないのね・・・・・



それどころか、道には色んなものが走ってる。



車。


バイク。


オートリキシャ。(インドのバイクタクシー。どこにでもいてタクシーより低価格。)


サイクルリキシャ。(こっちは自転車で漕いでくれる人力タクシー。近場に行きたい時は安いし便利。)


そして、犬。
こっちは野良イヌの数が半端ない。



ここまでは、まだいいよね?


馬。


牛。


しまいには、豚。




・・・・


なんでもアリなのね。



そんなカオス状態の道路を尻目に、
ツアーの車に乗り込む。




・・・・運転手さん。

運転荒くないですか?



今にもぶつかりそうな運転。


それはそうか。

カオス状態に突っ込んでくんだもんな。



しかも良く見ると信号ってものが存在してないし。


みんな行きたい時に、行きたい方向に動いている。




よく事故らないよな~と感心しているそばから、

隣で”ガンッ”




鈍い音が響く。


どうやらバイクと車の接触事故らしい。



そうだよね?ね、事故になるよね?



すると両者、一瞬ののしり合ったと思えば、もうブーンとお互いどこかに消えてしまった。





・・・解決。




ガイドのムケーシュが、すかさずガイド。


「インドでは信号が無いから、クラクションで自分の存在をアピールします。」





たしかに、クラクションの音が無駄にうるさい。


誰がどこで鳴らしているのかなんて区別つくんだろうか。

でも、ついてるんだよな。

だってみんなうまい具合に、避けて、すり抜けて、
道として成り立っているもん。




はぁ~

全くすごいところに来ちゃったもんだぜ。




そう思っていると最初の目的地、インド門へ到着。


ここはね、第一次世界大戦で戦死した兵士の慰霊碑なんだって。

よくよくみると、細かく一人一人の名前がヒンドゥー語で彫ってある。



インドは独立を条件にイギリスに協力して戦争に参戦したらしいけど、

結局これだけの犠牲者を出して独立は実現しなかった、
という悲しいストーリー。


とりあえず写真を撮っておく。


 




つづいて、ガンジーのお墓。


ガンジーって、名前はすごい聞いたことあるけど実際何した人かいまいちわからなかった。

でも、インドの紙幣って全部ガンジーの顔が印刷してあるのよ。


日本でも、千円と五千円と一万円でみんな顔が違うのにさぁー

あれ?日本の五千円札って誰になったんだっけ?


とにかく、全部ガンジーなんて、
彼はそうとうインドにとってすごいお方っていうことは間違いないらしい。



よくよく聞いてみると、インドをイギリスから独立させた人らしいね。

そりゃーインド人が崇拝するはずだわ。


お墓の周りにはインド人の列ができ、かわるがわるガンジーのお墓の前でお祈りをしている。


インド旅行記2010-GANJI




それに彼は「非暴力、不服従」をうたい、平和主義活動に専念。

自分には常に厳しく、でも人には常に公平。

何よりも、「人のために」と、生きてきたひとらしい。



すごーーい。

ついつい、つられて手を合わす、私。(国籍:日本)




なんだか、インドのことが少しずつ解った気になり、嬉しくなる。

でもさぁ、とよくよく考えてみると、
私が知ってるインド人はみんな自己中で、
自分たちのことばっかりしか考えてない人達ばっかりですけど。


そう思うと、人のためにっていうカンジーの精神、全然受け継がれてなくない?


一日目にして、最大の疑問。


でも、これはガイドには聞けねーな。

2日目〜インドのホテル〜

9月17日 ~ホテルでの悲劇~

テーマ:
2:00am。

デリー空港に到着!




すごーい!

空港から、早くもインド。


もー夜中と忘れて妹とテンションあがりまくり。

そしてツアーガイドさんが来て車に乗せられ、
ホテルへ。

ガイドさんの名はムケーシュ。

日本語堪能なガイド歴6年のベテランガイドさんです。





いや、この写真はね、ちょっと写りが残念なことになってるけど、
本当はイケメンなガイドさんなんです。


この時はまだ、

彼が私がインドの旅で最もお世話になる人だとは思ってもいませんでした。


「こんな遅くに大変ですねー」

「眠くないんですか?」


とどうしてもサービス精神が働いてしまう、うちのママ。



いやいや、移動いう絶好の睡眠時間でしょ。今。


少し迷惑そーなムケーシュさん。



そんなこんなであっという間にホテル到着。

3:00am・・・・



チェックインを済ませ、明日も早いのでとりあえず解散。


部屋に入ると・・・・




汚い。


なんか布団はいつの染みかわからない染みがついてるし、

家具はボロボロだし、

ゴキブリとか喜んで住んでそうですけど・・・





いやぁ、解ってはいたよ。

インドはスゴイとこだって。



トイレを見てみる。



・・・・汚い。


これ、ツアーに組まれてるホテルのクオリティーだよね?


日本円で5000円くらいのはずだから・・・

これから日本円で600円くらいのゲストハウスに泊まって行こうとしている私。




どうなっちゃうの?


とりあえず時間も時間だし、つべこべ言っていられないのでシャワーのお湯をひねってみる。




冷水。


何分たっても冷水ですね。







いやー、聞いてましたよ。

インドに行ったことがある友達から。



シャワーは冷水しかでないホテルも良くある、と。



でもさぁ、

初日から?




しかもツアーなのに。。。

高いお金払ってるのに。。。。





そして、4:00am・・・冷水シャワーを泣く泣く浴びる、藤本家。


ちなみにママは59歳。

来年、還暦です。


きっとハワイとかリゾートでゆっくりしたかっただろうね。




とはいうものの、私もあと一カ月・・・・


こんなトコで、やっていけるのかな?
と本気で考えてみる。





うーん、考えてもわからないからとりあえず

寝よう。


そうしよう。

1日目〜旅立ちの日〜

正直、私のテンションは落ちていた。


日本人にインドは危ないとか危険だって言われても


「うるせー!もう誰が何を言っても、行くんだよー
決まってるんだよー
チケットもとってるんだよー!」


そうですよねーっとの笑顔を見せる裏では
実はかなり強気の姿勢だった。


だけどさ、インド人に「ホントウに、気をツケテ」

と切実に言われるほど悲しいものはない。




お金はパンツにしまえ。

盗られるから。



肩を出して歩くな。

ヤラれるから。



仲良くなった人からでも、飲食の誘いは断れ。

睡眠薬入れられるから。






ねぇ。私、生きてカエレマスカ?



死にたくない。でもインドに行くのを辞めたくない。




私の頭の中の方程式は既に出来上がっていた。


死ぬ<インドに行く。




なんでそこまでインドに行きたかったのか、未だにわからない。


たぶん、やっぱり今思えば、大魔王の仕業だったんだと思う。




そして私は遺書を書くことに決めた。



だってさぁ、インドの荒野でもしものもしも、のたれ死んだとして。


私の想いは誰も知らないわけでしょ?



「ね、だからあれ程言ったのに」

「ワガママな娘だったワ」


ってお葬式でヒソヒソいわれるんでしょ?





そんなの勘弁。


だってそんなに軽い想いじゃない。

「何も考えてなさそー」


良く言われるけど。




とにかく、人生で初めての遺書を書いた。


インドへの想いを書いていたら、
自然に、家族や友達にもなにか一言言いたくなってきて

気付けば感謝の想いを長文で
泣きながら
書き綴っていた。




いやぁーー本当にいったい私は何目指してるんでしょうね。




とにかく。

全てを書き終えたらなんかすっきりしたわけです。



出発の朝。


最初の3日間デリー~アーグラー~ジャイプルは
母と妹とツアーを申し込み、一緒に行くことに。




なかなか耳にしない、インドに家族旅行。

うちの家族も相当ツワモノだよね。




明日に続く。